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福岡地方裁判所小倉支部 昭和52年(ワ)426号 判決 1979年8月29日

原告

大東京火災海上保険株式会社

被告

有限会社西部交通

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

一  被告は原告に対し、金一八八万六、八三八円及びこれに対する昭和五一年一二月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行の宣言

(請求の趣旨に対する答弁)

一  主文同旨

二  敗訴のときは担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告は昭和五一年八月八日頃、北九州市八幡西区熊手三丁目一番一号訴外赤峰マキヱとの間に同人所有の普通乗用自動車(北九州三三さ一九五五、以下赤峰車という。)につき、保険期間昭和五一年八月八日から同五二年八月八日まで、保険金額二八〇万円、保険料金八万〇、三二〇円とする自動車保険契約を締結した。

二  ところで、その後、昭和五一年一〇月三〇日午前〇時五〇分頃、訴外赤峰が赤峰車を運転して、八幡西区黒崎商店街方面より筒井通り方面へ進行して北九州市八幡西区熊手三丁目一番一号先交差点に差し掛つた際、信号灯が青であつたので徐行しつつ進行した途端、被告会社にタクシー運転手として雇われていた訴外植木保茂は、被告会社所有のタクシー(北九州五五あ六五三四、以下被告車という。)を運転して同車進路前方の信号灯は赤であるに拘らずこれを無視して、黒崎駅方面より右交差点に向つて慢然進入し来つたため前記赤峰車の車両右側中心部に衝突したものである。

三  右衝突事故により赤峰車は大破し、訴外赤峰は金二〇九万九、〇〇〇円相当の車両損害を被つた。従つて被告は訴外赤峰に対し、民法七〇九条、七一五条により右損害を賠償すべき義務がある。

四  原告は昭和五一年一二月二五日訴外赤峰に対し、保険の目的にかかわる右損害に関して、前記自動車保険契約に基づいて金一八八万六、八三八円を支払つた。

五  よつて、原告は商法第六六二条により右支払保険金額一八八万六、八三八円を限度として保険契約者である訴外赤峰が被告に対して有する損害賠償債権を取得したので、被告に対し右金員及び右債権を取得した日の翌日である昭和五一年一二月二六日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する答弁)

一  請求原因一項の事実は不知。

二  同二項の事実のうち、原告主張の日時その主張の交差点で赤峰車と被告車との衝突事故の生じたことは認めるが、訴外植木保茂に過失のあつたことは、否認する。

三  同三項の事実のうち、赤峰車の損害が二〇九万九、〇〇〇円であつたことは認めるが、被告にその損害賠償の責任のあつた旨の主張は、否認する。

四  同四項の事実のうち、原告が訴外赤峰に対し保険金一八八万六、八三八円を支払つた旨の主張は、認めるが、その支払が昭和五一年一二月二五日であつた旨の主張は否認する。

五  同五項は争う。

(抗弁)

一  和解契約の存在並びに弁済

仮に被告において訴外赤峰に対して損害賠償の責任があつたとしても、被告は、右訴外人との間において昭和五一年一二月二〇日頃、損害賠償として金一九〇万円を支払うことを内容とする和解契約をなし、同月二六日金一九〇万円を支払つたので、本件物損事故に対する損害賠償の責任はない。

従つて、原告が、訴外赤峰の被告に対する損害賠償債権を取得するいわれがない。

二  債権の準占有者に対する弁済

仮に、原告の主張するように、訴外赤峰に対する保険金が昭和五一年一二月二五日に支払われ、同日、同訴外人が被告会社に対して有していた損害賠償請求権が、原告に移転し、同訴外人がその受領権限を失つていたとしても、被告会社が同年一二月二六日同人に損害賠償として金一九〇万円を支払つたことは、民法四七八条に該当するので、被告会社には二重払をなす責任はない。

以下この点について詳述する。

1 訴外赤峰と被告会社との間の車両破損による損害の填補に関する和解契約は、昭和五一年一二月二〇日頃に成立し、被告会社が訴外赤峰に金一九〇万円を支払うことに決定した。

従つて、本件車両破損による損害賠償債権を、右和解契約によつて右訴外人が取得した。

しかも妥結した損害額は、原告の査定した損害額に一致しておる。このことは、原告が、被告会社に対し本件事故の責任は被告会社にあるので、訴外人に対する保険金の支払をしないので、被告会社が直接訴外人に支払うよう再三言明し、被告会社と訴外人間の和解交渉でも保険会社である原告の査定した損害額が訴外赤峰を介して被告会社に提示されていた。従つて、被告会社としては、原告が訴外人に対し査定した損害金を保険金として支払わず、同額の金員を被告会社より訴外人に損害賠償として支払わせるものと理解し、この金額を了承し、前記のとおり和解した。

2 そこで、被告会社は、右和解契約にもとづく損害賠償の債務の履行として、昭和五一年一二月二六日金一九〇万円を訴外赤峰に支払つたものである。

3 被告会社としては、右和解契約によつて生じた損害賠償債権が、弁済の前日である一二月二五日右訴外赤峰より原告に移転していようなどと予想することはできず、かえつて、原告は、右訴外人に対する保険金の支払はしないので、被告会社に対し右訴外人に直接損害賠償をなすよう求めていた位であるから、被告会社が、保険金支払による法定代位の生ずることを予想することは困難であつたというべきである。更には原告は、訴外赤峰に対しても保険金の支払をなすべき日時を通知していず、同人自身も一二月二五日は勿論、一二月二六日においても、原告より保険金の支払われている事実を認識していなかつたものである。(同人調書二五項、三六項)

従つて、被告会社が債務の履行をなした一二月二六日には、債権者である訴外赤峰自身も和解契約にもとづく損害賠償債権が、原告の保険金支払によつて、原告へ移転し、自己に債権の帰属していなくなつていることを知らず、債権者であると信じており、かように信じるについては、原告が右訴外人に対し保険金の支払の日時を確知させていなかつたことが唯一の原因である。

4 商法六六二条の法定代位は、保険金の支払によつて当然に生じ、対抗要件を必要としないこと通説であるが、本件のように法定代位の生じたことを債権者たる右訴外人も知らず、しかも知らなかつたことにつき前記のように代位権者である原告に過失がある以上、右訴外人は、民法四七八条所定の債権の準占有者であるというべきである。

しかして、被告会社が、右訴外人を債権者であると信じたことは、これまでの和解交渉の経過、原告の保険金不支払の態度等これまでに主張した事情のもとではなんらの過失もないというべきである。(むしろ指名債権の譲渡における債務者に対する対抗要件は、債務者保護の制度であり、第三者に対する対抗要件が債権の帰属の面での優劣を決する制度であることと異つている点に留意すれば、法定代位が債務者に対する対抗要件も必要としないと解釈することは、保険金の支払時期について全く知らされない債務者に二重払の危険を負担させることとなる。これが不利益を救済するために、債権の準占有者に対する弁済の制度を活用することが至当な解決であると信じる。)

5 以上の理由により原告の本訴請求は理由がない。

三  相殺

仮に、右抗弁が理由がないとしても、原告は、被告会社に対し本件車両事故の責任は被告会社にあるので、訴外赤峰に対しては、被告会社において損害賠償を直接なすべきで、同人に対しては保険金の支払をなさない旨言明していたのであるから、この言明に反して、保険金の支払をなした場合には、被告会社に対し遅滞なく法定代位の生じたことを通知し、被告会社が法定代位を知らずに訴外人に損害の賠償債務の支払をなす危険を防止すべき義務があるにもかかわらず、原告は、保険金の支払をなした昭和五一年一二月二五日より本訴提起の日である昭和五二年六月一五日まで、全くその旨の通知をしなかつた。

被告会社としては、右通知を受けていれば、右訴外人に対し前記のような一九〇万円の弁済をなすこともなく、また仮に弁済後であつても、その返還を求めることが容易であつたにもかかわらず、原告の通知を全く受けることができなかつたため、右訴外人よりその返還を求めることが困難となり、金一九〇万円の損害を蒙つた。

右損害は、原告の前記義務違反によつて生じたものであるから、原告はその賠償をなすべき義務がある。

そこで、右損害賠償債権一九〇万円をもつて、原告の本訴請求にかかる債権とを対当額で相殺する旨の意思表示を昭和五四年七月四日午前一〇時の本件第九回口頭弁論で陳述した同日付の準備書面をもつてなした。

よつて原告の本訴請求は、失当である。

(抗弁に対する答弁)

一  和解契約の存在並びに弁済の抗弁について

被告と訴外赤峰との間の損害賠償に関する和解契約の存在及び損害金支払いの事実は、いずれも不知。

仮に、右和解および損害金支払いの事実があつたとしても、原告は、右和解契約及び損害金支払いよりも前である昭和五一年一二月二五日に、被保険者たる訴外赤峰に対し、前記保険金一八八万六、八三八円を支払つたのであるから、商法六六二条の規定により、右日時に被告に対する損害賠償債権取得の効果が生じているので、被告がその後訴外赤峰に損害金を支払つたとしても原告の右債権が消滅することはない。

二  債権の準占有者に対する弁済の抗弁並びに相殺の抗弁は、いずれも争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  証人向井公男の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証並びに同証言によると、請求原因一項の事実が認められ、これに反する証拠はない。

二  次に、原告主張の日時頃、その主張の交差点で赤峰車と被告車との衝突事故が発生したことは当事者間に争いがなく、証人向井公男の証言により真正に成立したものと認められる甲第二号証の一、二、証人赤峰マキヱ、同川津親勝の各証言、被告代表者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、請求原因二項のうちのその余の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

また、本件事故により訴外赤峰が被つた赤峰車の損害が金二〇九万九、〇〇〇円であつたことは当事者間に争いがない。

三  そうすると、訴外植木の使用者である被告は訴外赤峰に対し右車両損害の賠償として金二〇九万九、〇〇〇円の支払義務があるといわねばならない。

四  ところで、原告が訴外赤峰に対し同人の前記事故による車両損害について本件自動車保険の保険金として金一八八万六、八三八円を支払つたことは当事者間に争いがなく、証人赤峰マキヱ、同向井公男の各証言によりいずれも真正に成立したものと認められる甲第四号証、同第七号証並びに右各証言を総合すると、右保険金は、昭和五一年一二月二五日北九州八幡信用金庫穴生支店の訴外赤峰マキヱの普通預金口座に振込入金となつて支払われたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

五  以上の認定の諸事実に前掲甲第四号証を合わせ考慮すると、原告は、昭和五一年一二月二五日商法六六二条の保険代位により、右支払保険金額一八八万六、八三八円を限度として保険契約者である訴外赤峰が被告に対して有した本件損害賠償債権を取得したものというべきである。

六  そこで、被告の和解契約の存在並びに弁済の抗弁について検討する。

証人赤峰マキヱ、同川津親勝の各証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一号証の一、二並びに右各証言を総合すると、訴外赤峰と被告との間に前記車両損害の賠償について交渉がなされていたが、昭和五一年一二月二〇日頃、被告が訴外赤峰に対して金一九〇万円を支払う旨の和解契約が成立し、同月二六日右金員が訴外赤峰に対して支払われたことが認められ、これに反する証拠はない。

しかしながら、原告は右和解金の支払われた日の前日である同月二五日に保険金を支払い保険代位によつて訴外赤峰の被告に対する損害賠償債権を金一八八万六、八三八円の限度で取得していたことは前示のとおりであるから、被告の右抗弁は理由がないといわねばならない。

七  次に、被告の債権の準占有者に対する弁済の抗弁について判断する。

証人赤峰マキヱの証言によると、訴外赤峰は被告から本件和解金一九〇万円の支払をうけた昭和五一年一二月二六日には自己の前記預金口座に本件保険金がその前日である同月二五日振込入金となつていたことを未だ知らなかつたことが認められ、右認定を左右できる証拠はない。

次に、証人向井公男、同川津親勝の各証言並びに被告代表者本人尋問の結果によると、原告と被告との間に破損した赤峰車の修理代金の負担をめぐつて交渉が行なわれ、原告は本件事故は被告側の一方的過失によるものであるとして、赤峰車の修理代金約二〇〇万円の支払方を被告に要求していたこと、被告は原告の右要求を拒否していたが、その後、警察の実況見分の結果、本件事故の発生が、被告車の運転者訴外植木の過失によるものであることを認識するに至り、訴外赤峰の代理人との示談交渉において、被告の損害賠償責任を認めて前記和解契約が成立したこと、原告は、本件保険金を訴外赤峰に支払うに際し、被告に対して何らその旨の通知をしなかつたものであり、他方、被告は、訴外赤峰からも本件保険金の支払に関して何も聞いてなく、前記原告との交渉経緯もあつて原告に保険金の支払について問合わせることもしなかつたので、昭和五一年一二月二六日本件和解金を訴外赤峰に支払う際には、すでに前日原告が訴外赤峰宛本件保険金を預金口座振込の方法により支払つていることを知らなかつたこと、がそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上に認定の諸事実を総合して判断すると、訴外赤峰は、昭和五一年一二月二六日には原告の保険代位により金一八八万六、八三八円の限度で被告に対する損害賠償債権が自己の帰属から離れたことを知らないまま債権者として被告から本件和解金の弁済を受けた者であつて、右金額の限度では本件損害賠償債権の準占有者であるものというべく、また被告は本件和解金を訴外赤峰に支払うに際し、善意であつたものであり、前記認定の事実のもとにおいては、本件保険金の支払について原告に確認すべき注意義務があつたものとはいい難く、支払について結局無過失といわざるを得ないから、被告のなした本件和解金の弁済は有効なものといわねばならない。

そうすると、被告のこの点の抗弁は理由があり、原告が保険代位によつて取得した金一八八万六、八三八円を限度とする損害賠償債権は、被告がなした訴外赤峰に対する本件和解金一九〇万円の弁済により、すべて消滅したものというべきである。

八  以上の次第であるから、その余の点についてさらに検討するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森林稔)

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